伝説なんて、怖くない

     *今度は全編、にょた同士の睦み合う描写が出てきます。
      やっぱりほんわりした代物で、それが主軸な章ではありませんが
      (むしろ内的な くどくて長々した話ですが・笑)
      読まなくても話はつながりますので、苦手な方は避けてください。
 


     5




マフィアに居たころと違い、現在の太宰は 親しい間柄の相手へは割と人懐っこい。
女同士に限った話ではあるが、
相手の肩や背中や腕、どうかすると髪や頬へも、
白い手を伸べ、躾の行き届いた指先でさらりと気安く触れて来るし、
感情表現も豊かでハグなども自然にこなしており。
ファッション雑誌から抜け出て来たかのような、それは瑞々しくも麗しい美人さんが、
甘い花蜜の匂いも暖かく、屈託のない様子で親しげに抱き着いて来られては、
同性同士でも悪い気はしないもの。
そうやって “取り澄ました美人”ではないよ、ざっかけない人性なんだよと警戒心を解いておき、
ついでに朗らかに笑い、やや怠け者なところも惜しみなく披露して、
冴えた人だの際立った女性だのという格好での目立ちようを極力避けている模様。
そんな “だらけっぷり”がついつい度を越してか、
いきなりとんでもないことをやらかしては
探偵社を大騒ぎに巻き込んできた事例も数知れずだそうだが、

  真の正念場では 彼女ほど頼もしい存在もなく。

ただ物知りなだけじゃあなく
一つの事象へ何百という対処を瞬時に思いつけるほどの 回転の速い頭脳を持ち。
実はマフィアの上級幹部だった過去に積み重ねた 途轍もない蓄積があるとはいえ、
出たとこ勝負っぽい選択を迫られるような、大胆苛烈な展開へも怖じけない。
爆発物処理を始めとする豊かな知識があるのみならず、記憶力も抜きんでているし、
膂力には限りもあるが身ごなしへの勘はよく、また銃は大小一通り扱える。
日頃 自殺趣味なのはこのためかと思えるような、命知らずな掛け引きも厭わぬ
不敵で強心臓な頼もしい先達で。
敦なぞは、国木田から挨拶代わりに関節技を掛けられているような彼女を見ても、
それでも凄い人だという概念は決して失わず、
( 毎回しょむない嘘の蘊蓄を囁く太宰の性懲りのなさも大したものだと思うほどに)
ポートマフィアに籍を置いていた頃は さぞかし颯爽と活躍したのだろうなと、
痛快ドラマのようなものを秘かに想像しているらしかったが
…中也にはいい顔をされないので内緒だそうな。

 だが、

マフィア時代にそりゃあ苛烈な教育を受け続けた芥川にしてみれば、
歴代最年少で上級幹部の座についたほど
確かに頭も切れて卒もない人だというのは知っていても、
当時の 冷然とした悪魔のような人柄までもようよう知っていながら、それでも。
ひょんなところが不器用な人でもあると 最近ふと気がついた。
窮地にあっても決して怖じけない 凛然とした人ながら、
その実 “寂しい”を識ってて知らない、不器用な人でもあって。
いつぞや 虚洞なのだと自身を差したことがあったが、
それが寂しいとは思おうとせず、
孤独な身でいないと いざというとき身一つで駆け出せぬと、
誰かを巻き込むから そうでないとという考え方をし、
その結果の孤高ならそれで間違ってはいないのだという、
理屈としての納得を持ってこうとする。

 “うっかり自分の身を盾にする人虎より性が悪い。”

背後に迫る崖っぷちを見せぬよう、近づかせぬよう
それは優しく笑って見せて、
大丈夫だよ、だからあっちで楽しんでおいでと頼もしく振る舞う人。

 “……。”

誰にも気づかせることなくそんな行動をとる人なのへ、
自分なんぞが口出し出来る身ではないとしつつ、それでも時々ひどく辛くなる。
太宰自身が気付いてないから、
それを辛いと思ってはないから、余計にじりじりしてしまう。
どうしたの?と微笑まれ、

 代わりに泣いても良いですか、と

それこそ自分の柄でもないこと
問いたくなってしまう、黒獣の姫だったりするのである。




     ◇◇


 「ねえ、」

花のようなとはよく言ったもので、
きつく扱えば折れてしまいそうな嫋やかさをまとったその肢体を、
されど丈はあるので余裕の重しとし。
彼女なりの加減はした上で、かつての教え子を寝台の上へ組み伏せている太宰であり。
どこかでちょっぴり酒精でも きこしめして来たものか、
吐息も頬も触れずとも判るほどに こちらまで届く柔らかな微熱をまとっておいで。
外套は脱いでいて、シャツに包まれた まろい肩先はさすがに女性のそれ。
内衣とシャツの襟の境を覆い、やわらかな髪が一房ほど前へと降りて来ており。
ああやはり綺麗だなぁと見とれておれば、

 「敦くんと観たの?」
 「え?」
 「だから。ア、ニ、メ。」

幼い子供のような、いやさ幼い子へ説いて聞かせるような言い回しで
聞こえやすいように そうと紡いだ、美貌の師からの問いかけに、
ちょっと考えて、ああと、何から導引された問いかけかをようよう考えた末に思い起こす。
昼のうち、あの廃墟に運んだ折、探偵社の堅物な眼鏡女史が、
生真面目そうなのにらしくもなく アニメの風景に似ているなと言ったのへ、
敦とほぼ同時に “わぁ♪”という顔になった事を訊いているらしく。

 「はい、というか同じ作品を想起したかどうかは。」
 「あの風景を見てのあのタイミングだもの、同じだよ、きっと。」

決めつけるように言い、無表情なままなのがちょっと案じられたものの、
こちらの肩の傍へと腕をつく格好で
真上から見下ろしていた、それは端正なお顔がゆるりと歪んだそのまま、
ばさーっと身ごと降って来て。

 「…っ。」

痛くはなかったが、これってもしかしてちょっと不機嫌な姐様なのかも知れぬと、
出方を見るよに待つ姿勢でおれば、

 「…ずるいよぉ。このところ何時も敦くんとばっかり遊んでる。」

ううん、うん、お出かけはいいの。
いっぱい色んなものを見てほしい、年相応に可愛いとか美味しいとか知ってほしい。
キミってば誰かに引っ張り回されないと自分からそういうのへ接しないしね。
だから、ただ どこかへ出掛けたことを詰っているんじゃあないの。
ああまでハッと、鮮やかなほど、
ああ感動しました私も、ってゆう
感情の共有なんてものをして見せたのが何だか羨ましいかなと。

 「…太宰さん?」

思ってたって言わないでいたこと。
きっとこういう思いやりがあって見守っててくれている…とか?
いやいや思い上がってはいけないかな。でも、
最近のお師様は、
かつてはそういう甘い感情を欠片すら匂わせなかった
そりゃあ冷たい顔と声しか向けてはくれなんだものが、
もう意地を張る必要はないんだと、
黙って置いてってごめんねと、ぎゅうって抱きしめてくれたあの日からこっち、
そんな仮面をあまりかぶらなくなっており。

 本当は、あのね? ずっとずっとこうしたかったんだよ、と

キミのことかわいいと思うし、
誰にもやりたくない、触れさせたくない、何より傷つけられたらどうしようって。
そのくらいなら自分が…なんて莫迦な短絡思考をとったわけじゃあないけれど、
そうならないようにしたければ どうしたらいいのか、
無駄に色々考え出せる頭で何とか最善をとひねり出そうとして、
その結果が、キミに優しくしないこと、だったほど。
私は時々キミにどう接すればいいのかがすっかり判らなくなってたし、
今も時々混乱しているのだよ、と。
日頃の 自信あふれる、若しくは、やはり余裕あってのそれだろう、
稚気あふれる愛嬌のようなそれとは、微妙に雰囲気の異なる擦り寄りよう。
やわらかくて豊かなくせっ毛が さわさわと揺れ、
芥川の頬へも埋まるほど接しており、
その身をぐりぐりと、こちらへ擦り付けて来た太宰であり。

 「こんなして ぎゅって、抱きしめるだけでいいのにねぇ。」

くぐもったような声で言われて、

  あ…、と

実は強張ってたらしいこちらの総身からふっと力が抜ける。
こちらからだってそれは信愛している、
好きだし尊い人から密着されて 緊張しないわけがなく。
だがだが、そんな事情からだとしても、
堅くなっていた身から警戒されているのだと思わせたなら、
こっち方面ではうんと気弱な初心者の師様へ、とんだ罪作りをしていたわけで。

 距離感が掴めないのは自分だけではないのかもしれない。

ちょっとだけ甘えてもいいでしょう?
そうと言いたいように、しなやかな腕を巻き付けて、
芥川の痩躯を そのふわりとやわらかい懐へ掻い込んでしまう。
頬と頬を触れ合わせ、覗き込んでくる鳶色の瞳は、かつてのように片やだけではなく。
だからこそ、自分をだけ じいと見つめてくれているのが判って。

 「よ、呼び出しがあるのでは?」
 「支障が出るよなことはしないよぉ。」

それともそこまでお望みなの?と、意味深な含み笑いをするところは、
ちょっとだけいつもの自信が戻ったか。
身を起こして ふふーと微笑み、こちらを見やった太宰だったが、
その微笑いようは、愛しい人への含羞みを何とか許したという感があり、
僭越ながら 可愛いなぁ…と龍之介嬢に思わせたほど 初々しいそれだった。




to be continued.(18.06.15.〜)




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 *寝ぼけて打ってたら“悪魔”が“お熊”になっていた。何だそれ。(笑)
  中敦がじゃれ合ってたので、太芥のお二人もサービスサービスvv

  いつものお話とは並行世界のお話ですが、
  こちらの皆さんも
  『パレードが始まる前に』から続いているあれこれを辿っていらっしゃいます。
  お読みでない方には、原作にそんなやりとりなかったぞという個所もあるかと思われ。
  不親切な作りのお話で相すみませんです。